東京地方裁判所 昭和60年(ワ)7415号 判決 1986年5月30日
原告
鈴木茂
ほか三名
被告
福本隆恵
主文
被告は、原告鈴木實に対し、六九一四万二六六〇円、原告鈴木粂子に対し、一八〇万円、その余の原告らそれぞれに対し四五万円及びこれらに対する昭和五七年九月二九日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告鈴木粂子、原告鈴木茂及び原告鈴木昇のその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、八分し、その一を原告らの、その余を被告の、各負担とする。
この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。
事実
第一当事者双方の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告鈴木實に対し、六九一四万二六六〇円、その余の原告ら各自に対し各五〇〇万円及びこれらに対する昭和五七年九月二九日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五七年九月二九日午後八時五五分ころ
(二) 場所 東京都江戸川区西端江二丁目一四番地先路上(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車 原動機付自転車(第江戸川区み九五四〇)
(四) 右運転者 田中昭二
(五) 被害車 自動二輪車(第江戸川区ほ六八九)
(六) 被害者 原告鈴木實(以下「原告實」という。)
(七) 事故の態様 田中昭二は、加害車を運転して交通整理の行われていない本件交差点を下鎌田方面から西端江中学方面に向かい直進進入したが、折から左方道路から本件交差点に進入してきた鈴木實運転の被害車に衝突転倒させ、同人に後記傷害を負わせたものである(以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告の後記損害を賠償する責任がある。
3 原告の受傷状況
原告實は、本件事故により頚髄損傷の傷害を負い、昭和五七年九月二九日から昭和五八年六月五日までの二五〇日間、日本医科大学病院に、同月一一日から昭和五九年三月三一日までの二七五日間、国立国府台病院に入院して治療を受け、昭和五八年一〇月六日症状固定したが完治せず、両上下肢の機能に著しい障害を残し、(両上肢使用不能、両下肢歩行不能等)、直腸、膀胱の機能にも著しい障害を残し、更に、しばしば全身に激痛が走る状態であり、その結果、原告實は寝たきりの廃人同様の生活を強いられている。右の後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級一級の三号に該当する。
4 損害
原告らは、次のとおり損害を被つた。
(一) 原告實の損害
(1) 治療費 三一〇万九〇一八円
原告實は、本件事故による傷害のため、前記各病院に入院し、治療を受け、その治療費として右金額を支出した。
(2) 入院雑費 五二万五〇〇〇円
原告實は、前記五二五日間の入院により一日当たり一〇〇〇円の入院雑費を支出した。
(3) 入院付添費 二〇六万円
原告實は、右入院期間のうち、日本医科大学付属病院に二四八日間、国立国府台病院に二六七日間、合計五一五日間同人の妻原告鈴木粂子(以下「原告粂子」という。)の付添を必要としたので、一日当たり四〇〇〇円の割合の損害を被つた。
(4) 医師への謝礼 二八万円
原告實は、日本医科大学付属病院の医師六名に謝礼として合計二〇万円、国立国府台病院の医師二名に謝礼として合計八万円をそれぞれ支払つた。
(5) 交通費 三九万五六〇〇円
原告實は、鈴木粂子が同人を付添するための交通費として前記のとおり通院するため、次の計算式のとおり右金額を支出した。
(計算式)
八二〇円×二四八+七二〇円×二六七=三九万五六〇〇円
(6) 傷害慰藉料 二七六万円
前記傷害により、原告實が前記各病院に入院したことにより受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。
(7) 逸失利益 五八七三万三一〇〇円
原告實は、昭和五六年六月、東京通商産業局から電気管理事務所の設置の認可を受け、それ以降各種会社、工場等の電気関係の保安及び点検の管理業務を自営業として営んできたが、本件事故当時の現実の収入額の立証が困難なので、原告實の収入額は本件事故当時の年齢に対応する年齢別平均給与額とするのが相当である。原告實は、本件事故当時満四七歳で、同年齢の男子の平均賃金は月収四〇万五〇〇〇円であつたから、就労可能年数を一九年、その後遺障害は自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級の三号に該当するから、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息控除をライプニッツ式計算式で行い、原告實の逸失利益を次のとおりの計算式により五八七三万三一〇〇円と算出した。
(計算式)
四〇万五〇〇〇円×一二ケ月×一×一二・〇八五=五八七三万三一〇〇円
平均賃金が原告實の後遺障害による逸失利益算定の基礎となる収入として認められないときは、原告の次のとおり立証可能な三六万八四一五円を基礎とすべきである。
原告實は、東京通商産業局から電気管理事務所の設置の認可を受け、各種会社、工場等の電気関係の保安及び点検の管理業務を自営業として営んできたが、原告實が本件事故の日までに獲得した顧客の件数は次のとおりである。
昭和五六年六月に二件、七月に一件、八月に二件、一〇月に一件、昭和五七年六月に一件、七月に五件、八月に一件の顧客ができ、結局、昭和五七年九月の時点では一三件の顧客が獲得できた。そうすると、原告實は、昭和五七年七月四一万五八〇〇円、(五社との契約書作成の手数料を含む。)、八月五一万七〇〇〇円(一社との契約書作成の手数料を含む。)九月三五万二二〇〇円の収入が得られたものであり、右三ケ月間の総収入から、三ケ月間の職務の性質上僅少な必要経費五万六九四九円を控除し、原告實の寄与率は九割とするのが相当であるから、原告實の一ケ月当りの平均純収入は、次の計算式のとおり三六万八四一五円となる。
(計算式)
(一二八万五〇〇〇円-五万六九四九円)×〇・九÷三=三六万八四一五円(円未満切捨て)
(8) 後遺障害慰藉料 二〇〇〇万円
原告實は、本件事故により、前記後遺障害が残つた。
原告實の受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。
(9) 付添費用 二五一四万二六六〇円
原告實は、本件事故により、前記後遺障害が残り、原告實は、昭和五九年四月一日国立国府台病院を退院したが、その前日までは、入院付添費として損害を算出しているので、前同日の原告實の年齢は満四九歳であるから、昭和五七年度簡易生命表によれば、同年齢の男子の平均余命は二八・一〇年であるから、前同日以降、少なくとも平均余命年齢に達するまでの二八年間付添を必要とし、この間の付添費用は少なくとも一日当たり四〇〇〇円を下ることはない。年五分の割合による中間利息控除を新ホフマン式計算法により行い、付添費用を次の計算式のとおり二五一四万二六六〇円と算出した。
(計算式)
四〇〇〇円×三六五×一七・二二一=二五一四万二六六〇円
(10) 家屋改造費 八〇万円
原告實は、寝たきりの生活を強いられているが、将来車椅子に乗れる生活は、送れる可能性がある。そこで、原告實は、昭和五九年二月、居住建物を取り壊して居住家屋を新築中であるが、風呂場、トイレ、出入口は将来の車椅子生活に適する状態にすべく建築中である。それらの費用として通常の建築費より少なくとも八〇万円は出費する見積りであり、右金額が損害となる。
(11) 弁護士費用 三〇〇万円
原告實は、被告が任意に右損害の支払いをしないために、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、弁護士費用としては、右金額が相当である。
(12) 損害のてん補
治療費については、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)一二〇万円、江戸川区国民健康保険高額療養費資金、田中昭二の父田中昭から弁済を受けた。その他、自賠責保険から二〇〇〇万円、治療費の他、田中昭から一四三万二四〇六円、田中昭二らから五〇〇万円の支払を受けた。
(二) その余の原告らの損害 各一〇〇〇万円
原告實は、本件事故により前記後遺障害が残り、それにより妻である原告粂子、子である原告鈴木昇(以下「原告昇」という。)及び原告鈴木茂(以下「原告茂」という。)の精神的苦痛は、筆舌に尽くし難いものがあり、その受けた精神的苦痛を慰藉するためには各右金額が相当である。
よつて、自賠法三条の運行供用者責任に基づき、被告に対し、原告實は、右損害金のうち六九一四万二六六〇円、その余の原告らは、各五〇〇万円及びこれらに対する本件事故の日である昭和五七年九月二九日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(事故の発生)、同3(原告實の受傷状況)及び同4(損害)の各事実は知らない。
2 同2(責任原因)の事実中、被告が加害車を所有していることは認め、その余は争う。
本件事故の日の夕刻田中昭二は、下校途中に被告宅に立ち寄り、加害車を借用した。田中昭二は、午後七時ころ被告宅を訪れ、一旦加害車を返し、玄関先に置いた。しばらくして、田中昭二は友人の向後和明を連れて被告宅を訪れたが、その際、田中昭二は、被告に対し、加害車の借用を告げていない。そうすると、被告が、田中昭二に加害車の使用を一般的に認めているわけではないのであるから、田中昭二は加害車を無断で持ち出したものであり、被告は、本件事故当時、運行供用者性を喪失していたものというべきである。
三 抗弁
過失相殺
本件交差点は、交通整理が行われておらず、原告實の通行していた道路は優先道路ではなかつたのであり、また、本件交差点は見通しがきかなかつたのであるから、原告實は、道路交通法四二条一項により徐行しなければならなかつた。ところが、原告實は、指定最高速度時速二〇キロメートルの道路を時速三〇キロメートルで進行し、本件交差点に差しかかつたのにもかかわらず、そのままの速度で本件交差点に進入した過失があり、この点は、損害賠償額の算定につき斟酌すべきである。
四 抗弁に対する認否
争う。
田中昭二の走行していた道路には一時停止の標識が設置されていたにもかかわらず、田中昭二は一時停止を怠り、原告實の運転する被害車よりも遥かに高速度で本件交差点に進入したものである。したがつて、被告の過失相殺の主張は失当であり、仮に認めるとしてもそれは極小の割合である。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 成立に争いのない甲一号証の一から六まで(三は一から八まで、四は一から四までの枝番付き)及び一〇によれば、請求原因1(事故の発生)の事実が認められる。
二 次いで、同2(責任原因)の事実について判断する。
被告が加害車の所有車であることは当事者間に争いがない。
右によれば、他に反証がないかぎり、加害車の運行供用者は被告と推定すべきものであるから、以下被告が運行供用者性を喪失したか否かにつき判断する。
被告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
被告と田中昭二は、中学時代の友人であり、日頃加害車を貸すことはあつたところ、本件事故の日の夕刻田中昭二が被告宅を訪れ、加害車を貸してほしいと言つたので、被告は加害車を貸したが、その後、田中昭二は、午後七時ころ被告宅を訪れ、一旦加害車を返し、玄関先に置いたので、被告は加害車を返還したものと思つていた。しばらくして、田中昭二は友人の向後和明を連れて被告宅を訪れたが、その際、田中昭二は、被告に対し、加害車を借用する旨告げていないので、田中昭二が無断借用したものであり、本件事故が発生したときも加害車に誰が運転していたかにわかにわからなかつた。
前掲甲一号証の六及び分離前の被告田中昭二本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。
しかしながら、被告は、加害車の返還を受けたものの、その鍵について、いつ返還を受けたか否かについて明確な供述をしておらず、田中昭二が一旦加害車を被告宅に置いたときに、鍵を返還していたと認めることができない。そうすると、田中昭二は、加害車を一旦被告宅玄関先に置いたが、それは、返還する意思ではなく鍵を持つたままであつたか、あるいは鍵を加害車にささつたままであつたかの何れかであつたと認められ、田中昭二が加害車を再び持ち出した際、被告は、田中昭二から加害車の鍵の返還を受けていなかつたものであるか、鍵がささつたままの加害車を田中昭二が無断で持ち出したのかの何れかであると認められる。
そうすると、何れにしても前記の被告と田中昭二の関係からいつて、被告が加害車の運行供用者性を喪失したものとは到底言えないことは明らかであり、他に前記推定を覆すに足りる証拠はない。被告は、加害車の運行供用者であるというべきである。
したがつて、被告は自賠法三条の運行供用者責任により、原告の後記損害を賠償すべき責任がある。
三 同3(原告の受傷状況)の事実について判断する。
前掲甲一号証の五、成立に争いのない甲一号証の七、八、原告粂子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告實は、本件事故により頚髄損傷の傷害を負い、昭和五七年九月二九日から昭和五八年六月五日までの二五〇日間日本医科大学病院に、同月一一日から昭和五九年三月三一日までの二七五日間国立国府台病院に入院して治療を受けたが完治せず、昭和五八年一〇月六日症状固定し、両上下肢の機能に著しい障害を残し、(両上肢使用不能、両下肢歩行不能等)、直腸、膀胱の機能にも著しい障害を残し、更に、しばしば全身に激痛が走る状態であり、その結果、原告實は寝たきりの生活を強いられ、右後遺障害につき、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級三号に該当するとの後遺障害の認定を受けていることが認められる。
四 同4(損害)の事実について判断する。
1 原告實の損害
(一) 治療費 〇円(三一二万〇七五四円)
前認定の治療の経緯、前掲甲一号証の五、成立に争いのない甲一号証の九、原告粂子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告實は、本件事故による傷害のため、前記各病院に入院し、治療を受け、その治療費として三一二万〇七五四円を支出し、右については自賠責保険一二〇万円、江戸川区国民健康保険高額療養費資金、田中昭からの支払いにより全額弁済を受けたことが認められる(原告實には、前記後遺障害の性質上将来に亙つて治療費を支出するものと認められるから、右の点に鑑み、治療費については後記の過失相殺をしない。)。
(二) 入院雑費 五二万五〇〇〇円
弁論の全趣旨によれば、原告實は、前記五二五日間の入院により一日当たり一〇〇〇円の入院雑費を支出したことが認められる。
(三) 入院付添費 二〇六万円
前認定の事実、原告粂子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告實は、右入院期間のうち日本医科大学付属病院に二四八日間、国立国府台病院に二六七日間、合計五一五日間同人の妻原告粂子の付添を必要としたので、一日当たり四〇〇〇円の割合の損害を被つたものと認められる。
(四) 医師への謝礼 一〇万円
原告粂子本人尋問の結果によれば、原告實は、日本医科大学付属病院の医師六名に謝礼として合計二〇万円、国立国府台病院の医師二名に謝礼として合計八万円をそれぞれ支払つたことが認められ、このうち一〇万円が、本件事故と相当因果関係がある損害と認められる。
(五) 交通費 三九万五六〇〇円
原告粂子本人尋問の結果によれば、鈴木粂子が原告實を付添するための交通費として、前記のとおり通院し、原告實は、次の計算式のとおり右金額を支出したことが認められる。
(計算式)
八二〇円×二四八+七二〇円×二六七=三九万五六〇〇円
(六) 傷害慰藉料 二五〇万円
本件に顕われた諸般の事情に鑑みると、原告實が、前記傷害により受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当であると認められる。
(七) 逸失利益(休業損害を含む) 五八七三万三一〇〇円
成立に争いのない甲五号証の二、三、第六号証、原告粂子本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲三号証の一から一四まで、四号証の一から三まで、同本人尋問の結果により原本が存在し、真正に成立したと認められる甲五号証の一、原告粂子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告實は、高校卒業後、他の職についていたが、昭和五六年六月、東京通商産業局から電気管理事務所の設置の認可を受け、それ以降各種会社、工場等の電気関係の保安及び点検の管理業務を自営業として営んできたが、本件事故当時独立してさほどの期間を経過しておらず、未だ顧客が僅少であり、将来に亙つて顧客を開拓中であつたことが認められる。
そうすると、現実の収入額に基づいて逸失利益を算出するのは、原告實に不利に過ぎるので、将来の顧客開拓の可能性を勘案すると、原告實の逸失利益算定の基礎とする収入額は本件事故当時の年齢に対応する年齢別平均給与額とするのが相当であるところ、原告實は、本件事故当時満四七歳で、昭和五九年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・高卒・四五歳から四九歳までの男子労働者の平均賃金は原告實主張の金額を越えるので、原告實主張の月収四〇万五〇〇〇円を基礎とし、就労可能年数を原告實主張の一九年、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息控除をライプニツツ式計算法で行い、原告實の逸失利益を次のとおりの計算式により五八七三万三一〇〇円と算出した。
(計算式)
四〇万五〇〇〇円×一二ケ月×一×一二・〇八五=五八七三万三一〇〇円
(八) 後遺障害慰藉料 一八〇〇万円
本件に顕われた諸般の事情に鑑みると、原告實が、前記後遺障害により受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当であると認められる。
(九) 付添費用 二一三七万八七八〇円
原告粂子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告實は、前記後遺障害が残り、昭和五九年四月一日に国立国府台病院を退院した日以降、少なくとも平均余命年齢に達するまでの間付添を必要とするものであり、この間の付添費用は少なくとも一日当たり四〇〇〇円を下ることはないものと認められるが、前同日の原告實の年齢は満四九歳であるから、昭和五七年度簡易生命表によれば、同年齢の男子の平均余命は二八・一〇年であり、二八年間は付添が必要であるので、年五分の割合による中間利息控除をライプニツツ式計算法により行い、付添費用を次の計算式のとおり二一三七万八七八〇円と算出した。
(計算式)
四〇〇〇円×三六五×一四・六四三=二一三七万八七八〇円
(一〇) 家屋改造費 八〇万円
成立に争いのない甲七号証及び原告粂子本人尋問の結果によれば、原告實の後遺障害による生活の便宜のため、本件事故当時の居住建物を取り壊して居住家屋を新築したが、風呂場、トイレ、出入口は原告實の生活に適する状態にするために、通常の建築費より少なくとも八〇万円を越える費用を要したと認められる。
小計 一億〇四四九万二四八〇円
(一一) 過失相殺
(1) 前掲甲一号証の一から六まで(三は一から八まで、四は一から四までの枝番付き)及び一〇によれば、以下の事実が認められる。
本件事故現場は、下鎌田町方面から西端江中学方面に通じる歩車道の区別のない一車線の道路(以下「甲道路」という。)と、明和橋方面から清掃通り方面に通じる歩車道の区別のある一車線の道路(以下「乙道路」という。)が交差している信号機が設置されていない交差点で、路面はアスフアルト舗装がされており、平坦で本件事故当時は乾燥していた。甲道路の車道幅員は、本件交差点の下鎌田町側は三メートルで、西端江中学側は路側帯も含めて五・四メートルであり、乙道路は、路側帯も含めて五メートルである。乙道路は、明和橋方面から清掃通り方面へ一方通行の規制がされており、直線で前方への見通しは良好であるが、本件交差点左右の見通しは、建造物等のため不良である。甲道路は、直線で前方への見通しは良好であるが、本件交差点左右の見通しは、建造物等のため不良であり、本件交差点前には一時停止の道路標識が設置されており、両道路とも指定最高速度は時速二〇キロメートルに規制されている(別紙図面参照)。
田中昭二は、加害車を運転して、後部に向後和明を乗車させ、時速四〇ないし五〇キロメートルで甲道路を下鎌田町方面から西端江中学方面に向け進行し、本件交差点に差しかかつた際、一時停止標識が設置されており、左右の見通しが悪いにもかかわらず、全く減速することなく本件交差点に進入しようとしたが、交差点直前で左前方の乙道路から本件交差点に進入してきた被害車を発見したが何ら回避措置をする間もなく被害車の右側部に加害車の前部を衝突させた。
原告實は、被害車を運転して、後部座席に原告昇を乗車させ、乙道路を明和橋方面から清掃通り方面に向け時速三〇キロメートルの速度で進行し、本件交差点に差しかかつた際、左右の見通しが悪かつたが、交差する甲道路に一時停止標識が設置されているため、減速することなく本件交差点に進入したが、右方から進入してきた加害車に前記のように衝突された。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(2) 右事実に徴し、本件事故発生についての双方の過失を比較すると、田中昭二の過失を九、原告實の過失を一と認めるのが相当であるから、原告實の前記損害額から一割を減じると九四〇四万三二三二円となる。
(一二) 弁護士費用 三〇〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告實は、被告が任意に右損害の支払いをしないので、その賠償請求をするため、原告ら代理人らに対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告に損害賠償を求めうる額は、原告實主張の右金額を越えることは明らかである。
小計 九七〇四万三二三二円
(一三) 損害のてん補
治療費については、すでに判断ずみであり、その他、原告實が自賠責保険から二〇〇〇万円、田中昭から一四三万二四〇六円、田中昭二らから五〇〇万円の各支払いを受けたことを自認しているので、前記損害額から、右の合計二六四三万二四〇六円を差し引くと損害残金は七〇六一万〇八二六円となる。
合計 七〇六一万〇八二六円
2 その余の原告らの損害
(一) 慰藉料 原告粂子 二〇〇万円
原告昇及び原告茂 各五〇万円
原告實は、本件事故により前記後遺障害が残り、それにより、妻である原告粂子、子である原告昇及び原告茂の精神的苦痛は、重大なものがあり、その受けた精神的苦痛を慰藉するためには各右金額が相当である。
(二) 過失相殺 原告粂子 一八〇万円
原告昇及び原告茂 各四五万円
前記のとおり、一割の過失相殺をすると右金額となる。
五 以上のとおり、原告實の、右損害金のうち六九一四万二六六〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年九月二九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める本訴請求はすべて理由があるから認容することとし、原告粂子の本訴請求は、右損害金一八〇万円及びこれらに対する本件事故の日ある昭和五七年九月二九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、原告昇及び原告茂の本訴請求は、それぞれ右損害金四五万円及び本件事故の日である昭和五七年九月二九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮川博史)
別紙図面
<省略>